黒板五郎のウバイド國體ワンワールド

落合史観に関する話題を取り扱うブログ

京都皇統代も偽装薨去だったそうである


京都皇統代も偽装薨去だったそうである
2020年6月3日(水) 晴れ
 
こちらのブログは久しぶりの更新になる。
 
一昨日、インペリアル・アイズ6月号が配信開始されたが、その一週間ほど前の予告メールを読んでちょっと気になる点があったので、4番目の配信コンテンツである「Q&A」を最初に視聴した。
気になった点というのは、「Q&A」の最初の質問である「喜久子妃殿下の本当の薨去日は?」という質問である。
 
実は、私も似た様な内容の質問をインペリアル・アイズ質問コーナーから以前に送っていたからである。ただ、記憶によれば、私の質問は「本当の薨去日」を問うた訳では無いので、私と同じ様な質問をする人もいるんだと思ったのである。
それでも、少し気になったので、私の質問内容を確認しようと思って発信物を探してみた。ところが、どうにも見つからない。
インペリアル・アイズへの質問は、メール送信する形ではなく、ホームページ内の質問コーナーの記入欄に記述して「送信」ボタンを押す形なのである。どうも、このシステムでは、質問の受付時に、発信者に対して質問内容の受付確認メールは発行されないようであり、自分の質問内容の控えは、「送信」ボタンを押す前に自分でコピーを取っておかないといけないらしい。
 
そして、「Q&A」を視聴したところ、中森さんが、質問者が書いたと思われる長文の「質問の背景」を読まれたのである。
間違い無かった。私が出した質問である(笑)。
 
明治維新に合わせて京都皇統が立ち上げられたが、それ以降の國體天皇は、
 
(1)偽装崩御して京都堀川御所に入られた孝明先帝
(2)本物の睦仁親王
(3)堀川辰吉郎
(4)高松宮宣仁親王
(5)現在の國體天皇(名前は秘匿されている)
 
と続く訳だが、(4)高松宮殿下の崩御の後、(5)の現國體天皇が即位されるまでの間は、高松宮宣仁親王の妃殿下である喜久子妃殿下京都皇統代を務められている。
 
この京都皇統代の時期に関して、落合莞爾先生の以下の2つの書籍の記述において、10年ほどのズレ(空白時期)があるのである。

●[落合・吉薗秘史 2 大日本帝国を陰から支えた「天与のクスリ」國體アヘンの正体] 322ページ
高松宮殿下に仕えた京都皇統舎人が、京都皇統代の喜久子妃殿下、喜久子妃殿下薨去後の新しい京都皇統(現國體天皇)に仕えている。
・・・・・ 喜久子妃殿下の薨去時期は、平成16年12月18日Wikipedia情報)
●[天孫皇統になりすましたユダヤ十支族] 20ページ
その京都皇統代も一昨年(平成二十六年秋)に薨去され、いまは新しい「京都皇統」の代になりました。
・・・・・ (書籍より引用)

 
「平成16年12月18日」と「平成26年秋」の間に、約10年の空白があり、喜久子妃殿下薨去から現國體天皇が即位されるまでの10年間の空白について、喜久子妃殿下から京都皇統代を引き継いだ方がおられたのか、それとも、平成16年の喜久子妃殿下の薨去偽装薨去だったのか。
というのが、私の質問だった。
 
落合先生の回答は、後者だった。喜久子妃殿下が偽装薨去され、実際には更に10年ご存命だった、102歳(満年齢)までご存命だったとのことである。
 
ただし、落合先生が言われるには、偽装薨去後は京都皇統ではなく、京都皇統になられた言っていいでしょうとの事。
 
そのほかにも、インペリアル・アイズ6月号では、これまで世界4大文明と言われて来たが、実は、世界5大文明だった。5番目は西暦2000年以降に発見されたと言われている。場所は南米のアマゾン(ボリビアだそうである。
こちらには、日本の皇室からも人が渡っているそうである。北白川宮智成(さとなり)親王が明治5年に偽装薨去してボリビアに渡ったそうである。
アマゾン(ボリビア)と日本列島の縄文人は、同じ遺伝子D1a〜D1bだそうである。同根の人種だそうである。
日本人がブラジルに沢山移民しているのも、そういう繋がりがあるらしい。