黒板五郎のウバイド國體ワンワールド

落合史観に関する話題を取り扱うブログ

【頭の整理】國體ワンワールド史観(2022/6/28)


【頭の整理】國體ワンワールド史観(2022/6/28)
2022年6月28日(火) 晴れ
 
2017年/春より、落合莞爾(本名:井口莞爾)先生から國體ワンワールド史観を学び始めて はや5年が過ぎた。
 
私は、生来の怠け者なので、5年以上学んだとは言っても、恐らくは、落合先生の門弟の方々が國體ワンワールド史観を深く極めて行かれたであろう5年間とは違って、表面的な捉え方でしか國體ワンワールド史観を理解していないと思う。
 
まあ、それでも幾らかは記憶に刻まれた真実の歴史があると思うので、その範囲で気ままに書き綴ってみようと思う。
最近、落合先生がnoteを始められたので、そのnoteからの情報も少し入っている。
 
今月より、國體ワンワールド史観を更に深める新たなフェーズの企画「風猷縄学」が始まるので、今ここで私が気ままに書き綴る事の正否が今後ハッキリしてくると思われる。殆ど、外れるかもしれないが(笑)。
 
■「國體ワンワールド」と「政体ワンワ-ルド」
 
地球上には、表の世界(国際政治の世界)で認識されているワールド(仮に、「政体ワンワールドと呼ぶ事にする)と、表には見えない(秘匿されている)が地球上に古代から脈々と続く勢力が関与しているワールド「國體ワンワールド)があると思う。(多分、これは間違いない。)
 
「政体ワンワールドは、まさに、表に見えている世界各国の集合体、即ち、国連加盟国と非加盟国を合わせた世界の事である。世界共通認識の国際ルールに沿って定められた国境により規定される国家の集まりである。
 
それに対し、「國體ワンワールドとは、以下に示す様な歴史を持つ旧人類、その末裔達の事である。但し、「國體ワンワールドという形では決して表に出ない勢力でもある。
 
●最後の氷河期であるヴュルム氷期を、アフガニスタン北部のヒンドゥークシュ山脈で生き抜いた旧人類(出典:落合莞爾先生『白頭狸』のnote「南北朝合一の深奥・18」)であり、
●ヴュルム氷期が終わった1万年前に、山を下りてメソポタミアウバイドの丘に移動して来た旧人類(落合莞爾先生の命名による「ウバイド人」)であり、
●その後、世界の大河(チグリス川、ユーフラテス川、ナイル川インダス川黄河揚子江ユーラシア大陸の内海に注ぐ大河等々)の河口で砂金を採取しながら、砂金採取の為に行った大河の干拓の結果として出来た副産物である農耕地を、集まって来た人民に無償で分け与えた事が引き金となり、後に、その地域に世界四大文明メソポタミア文明古代エジプト文明、インダス文明黄河揚子江文明)が発祥する事になった旧人類であり、
●更にその後、西に移動したウバイド人ケルトとなり、東に移動して日本列島に上陸したウバイド人が、ヤマト王権を興した天皇家のルーツとなり、
●そして、その東西に分かれたウバイド人が、各地の大河から採取した黄金(仮に國體黄金と呼ぶ。)を「國體ワンワールドの総有資産として管理し、
國體黄金を投資して、世界各地域国の有るべき姿(=國體)の実現と、世界のバランスを取ってきた旧人類の勢力である。
この勢力の事を「國體ワンワールド勢力(または単に、「國體ワンワールド)と言う。
 
「國體ワンワールド勢力は、「政体ワンワールドでの「国家」という切り口では区別出来ず、各国内に跨がって國體ネットワーク(國體天皇、國體参謀、國體奉公衆)が潜んでいる。
 
■「國體天皇」と「政体天皇
 
天皇」とは日本という国家における呼称であるが、この呼称は初代)神武天皇の時からあった訳ではない。ヤマト王権が誕生した時の呼称は、「大王(おおきみ)だったそうである。
ある説によると、「天皇」という呼称は、608年に聖徳太子支那に送った国書の中で、「天皇」の称号を使ったのが始まりだそうである。
 
「國體天皇「政体天皇という呼称は、落合莞爾先生の造語である。
 
日本の全ての代の天皇と言う訳ではないが、その時々の代に依っては、天皇の責務を国内統治と、外交や國體黄金の管理/運営等々で分担する体制を組んでいた様である。
その分担を分かり易くするために、落合先生は、以下の呼称を付けられた。
 ●政体天皇 ➪国内統治のトップ。
 ●國體天皇 ➪外交や國體黄金の管理/運営等々(國體護持)のトップ。
 
日本のある時代では、國體黄金の管理担当を「大兄(おおえ)」と呼んだそうであり、またある時代では、上皇國體天皇の役割を、天皇政体天皇の役割を担った様である。
また、ある時代では、永世親王である「伏見宮」が國體天皇の役割を担ったとも聞いている。
 
なお、江戸時代は鎖国政策により外交を閉ざしていたが、幕末に、(ペリー来航により迫られたから・・・と言うのは実は嘘で、)革命やナポレオン戦争で欧州が混乱した事から、1815年のウィーン会議(欧州王室連合会議)において、日本皇室にも王室連合に加わって貰い、世界王室連合を実現しようという事が決まり、欧州王室連合の一員であり日本皇室の血族(大塔宮護良親王の男系子孫)でもある欧州大塔宮家を通じて天皇家に要請が来たため、鎖国を解いて開国をする事となり、外交と國體黄金の投資運用という大きな仕事が発生したため、明治以降の天皇については、「國體天皇「政体天皇の二天皇制で事に当たる事が決まり、119代)光格天皇の代から(もしかしたら、もっと前から?)、二天皇制移行への準備が始まった。
 
最終的には、121代)孝明天皇の皇子である睦仁(むつひと)親王國體天皇を担務し、政体天皇には、大塔宮護良親王の皇子であり、1300年代に周防国に派遣されていた興良親王の男系子孫として、大室家の分家である地家家の地家作蔵スヘの間に生まれた男児地家寅助践祚(せんそ)させる事が決まり、まずは、地家寅助を本家である大室家に移すべく、スヘが寅助を連れて地家作蔵と離縁して大室家と再婚して、寅助を大室寅之祐とした上で、京都堀川御所(京都堀川通りにあった水戸徳川家菩提寺である本圀寺(ほんごくじ)の境内に徳川斉昭が國體天皇向けに造営させた御所)にて、睦仁親王と共に大室寅之祐帝王学を教え、政体天皇践祚させた。これが122代)明治天皇である。國體天皇の方は存在を秘匿されるため、表の記録上は、明治天皇が(大室寅之祐ではなく)睦仁親王となっているが、これは正しくない。
 
以降の國體天皇(俗に言う「裏天皇」)は、以下の通り。
 睦仁親王 ➪ 堀川辰吉郎 ➪ 高松宮宣仁(のぶひと)親王 (➪ 高松宮喜久子妃殿下(國體天皇代理)) ➪ 現國體天皇(現役なので、実名は秘匿されている)
 
誤解の無い様に明記しておくが、高松宮宣仁親王堀川辰吉郎の実子であり、大正天皇の皇子では無い。勿論、昭和天皇のご兄弟でも無い。また、昭和天皇大正天皇の皇子ではなく、ベルギー王室から日本に渡って来られた皇子である。因みに、119代)光格天皇~121代)孝明天皇もベルギー王室の血統である。いずれにしても、102代)後花園天皇以降の政体天皇、國體天皇は全員、大塔宮護良親王の男系子孫である。ベルギー王室、オランダ王室、ハプスブルク家大塔宮護良親王の男系子孫である。だから、天皇皇位継承権がある。
 
なお、國體天皇は、國體黄金の管理運用権を持つが、その権限の及ぶ範囲の対象國體黄金ファンドによって、落合先生は、世界國體天皇と表現する場合があるのだと私は解釈しているのだが、堀川辰吉郎は、まさに世界國體天皇であったそうである。彼は、一時期、支那紫禁城の中で暮らした事があるし、第二次大戦中のある時期には日本を離れて欧州のハプスブルク家にいた事もあるそうである。
堀川辰吉郎の実娘であるジャーナリストの中丸薫さんは、確か、紫禁城に入った事があると言っていた様な・・・。
 
私の記憶が正しければ、堀川辰吉郎が、連合国の米ソに対して、戦後の日本をドイツの様に東西で分割分国化して米ソで分割統治させる事は避け、代わりに、経済面は米、文化教育面はソ連という分担で分けさせたと聞いた様に思う。だから、日本の教育は日教組(共産色)が強い訳である。それから、日本は米ソのどちらとも手を組まない(中立である)事を世界に対して明確にするために、憲法に第九条を入れさせて「軍事力の放棄」を明示させたそうである。国際連合を創ったのも堀川辰吉郎であると聞いた様に思う。正に、世界國體天皇だったと言う事である。
 
天皇
 
「政体ワンワールド上は、各国の国境があるが、それとは別に、「國體ワンワールド上の境界があるのだと思う。秘匿されているので、「政体ワンワールド側に仁義を切る必要も無かろうと思うが(笑)。
 
アラスカ「國體天皇領」だと落合先生から伺っている。その管理人がケネディだったとも伺っている。
アラスカのガコナに國體の持ち物であるHAARPがあるのも、そういう関係だと思う。
 
取り敢えず、本日はココまで。