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【目次】落合秘史[5] 欧州王家となった南朝皇統 大塔宮海外政略の全貌

【目次】落合秘史[5] 欧州王家となった南朝皇統 大塔宮海外政略の全貌
著者)落合莞爾
2020年3月25日(水) 晴れ
2020年3月28日(土)
 
【本記事の目的】
●落合史観に関する調査において、調査対象の内容が書かれている書籍を探す時間の短縮。
●目次のデジタルデータ化により、検索ツールを利用した機械検索を可能にする事。
  
以下に、表題の書籍の目次を引用する。
 

落合秘史[5] 欧州王家となった南朝皇統 大塔宮海外政略の全貌
自序
 
第Ⅰ部
欧州大塔宮と国体天皇
第一章
欧州大塔宮から開国の告知
欧州王室連合が決定した「日本の強制開国」 「欧州大塔宮」の淵源は奈良・西大寺にあり
西大寺南朝勢に海外進出を指令 海外進出の南朝勢と政体幕府の棲み分け
征西将軍府の意義 海外南朝勢の東南アジア進出
動乱に乗じて欧州に潜入した南朝勢力 ライデン大学は海外南朝勢が創立
安永の国体分担とウィーン議定書 堀川政略の淵源は天保初年
邦家親王の子女多数の謎 後南朝小野寺家から入った輪王寺宮
再興勧修寺は伏見殿の奥ノ院 勧修寺は国体天皇参謀本部
第二章
堀川御所の静かなる発足
皇室資産を振り分けたのは堀川奉公衆・堤哲長
重要史料の食い違いが堀川御所の存在を示唆する
堤哲長と山川浩・健次郎兄弟 琵琶湖疏水は堀川プロジェクト
処罰を免除した哲長を高官に登用 孝明遺詔が哲長に偽装薨去を命令した
大政復古で慌てて出した孝明遺詔 偽装薨去した堤哲長のその後
明治期の代表的設計家になった松ヶ崎萬長
京都皇統堀川殿の初代は睦仁親王
第三章
国体忍者・勧修寺衆
国体奉公衆の存在が眼に見える
諜報集団に「犬」「歩」「草」の三種あり
わが家系も国体奉公衆 秘密を洩らさなかった勧修寺衆
山科勧修寺宮は国体天皇の諜報本部 陸奧宗光の一族も勧修寺衆
外務省霞関会の史料に見えた糸口 水陸の要衝・入郷村は勧修寺衆の拠点
紀州藩内百余カ寺を勧修寺派に変えた吉宗
勧修寺再興と松尾芭蕉の諜報活動 松尾芭蕉の偽装死と貞致親王
国体天皇の女婿・義弟となった徳川吉宗 国体忍者「しのび」の淵源
第四章
勧修寺衆の足跡「お札降り」と「エエでないか踊り
お札降りの奇瑞 お札降りは誰の仕業か
勤王志士が一人もいない和歌山城下で
「お札降り」はシノビの手口
「堀川政略」を知らずには「お札降り」も解明できず
第Ⅱ部
国体財務衆と小栗訳官衆
第五章
渋沢栄一・益田孝が国体財務衆の双璧
戊辰戦争は卒族解放の恩賜革命
小栗忠順の「予言」と渋沢栄一の「新政府入り」
国体財務衆の先鞭は郷純造 井上馨は国体財務衆の護衛役
倒幕藩ではなかった佐賀藩 渋沢のスピード出世と益田孝の高位登用
陸奧宗光の不可解な登用と抜擢 国体財務衆の根幹は「イシヤ」
イシヤを集めた小栗訳官衆 小栗訳官衆の海外研修旅行
益田孝が抜擢された理由 益田孝「官界入り」の術懐
五代友厚の辞官は古金にまつわる事情 小栗が古金を退蔵した目的
第六章
小栗・岩倉フィラデルフィア極秘会談
岩倉使節団の「三つの謎」 小栗忠順はクエーカーの長老になった?
在米大塔宮の小栗が岩倉を呼んだ 万延使節に触れない『回覧実記』の不思議
小栗・岩倉会談に同席した久米と「トミー」 トミー斧次郎は終生小栗に仕えた?
榎本・大鳥・立石は小栗配下の抗戦組 田辺太一の家系は測量・設計シャーマンの典型
小栗の密使・塚原昌義の極秘帰国 国書委任状のための帰国は岩倉と伊藤の謀略
第七章
フィラデルフィア別働隊とヤマトフの逆露探
岩倉使節団フィラデルフィアの痕跡 意味ありげなトミーの動向
フィラデルフィア別働隊の面々 在米大塔宮は駅逓事業から金融業へ
三井家が発展させた為替取引 原保太郎の渡米理由
露都サンクトペテルブルク岩倉使節団 久米邦武が皇帝午餐会を無視した理由
掛川藩士・橘甲斎の脱藩ロシア行
隠れキリシタンとなって脱国した甲斎
真のハニー・トラップは何をもたらすか 岩倉が甲斎に帰国を勧告
第Ⅲ部
在米大塔宮と明治改暦
第八章
横須賀御真影の謎
明治四年の横須賀”御真影” 横須賀御真影偽史解明の糸口か
明治大嘗祭は明治四年十一月十七日 御真影天皇代役は智成親王
後の横浜・三渓園が「堀川殿離宮」 
第九章
維新政府に入った陸奧宗光
維新政府最大の怪傑・陸奧宗光 阪神の知事を歴任の重大使命
明治軍制のモデルは和歌山藩
不可解な役職名「和歌山藩欧州執事」の謎
プロイセン以外の陸奧訪問先はどこか 宗光の渡欧は藩命を受けていたか
御真影盗撮工作の黒幕は陸奧宗光
勧修寺シンクタンクの本領を発揮した陸奧宗光
甚兵衛一族の林董が宗光の幕僚
伊藤博文の国体任務は林董・金子堅太郎・伊東巳代治の保護
第十章
工業国へ向けた明治改暦とワンワールド商圏
突然敢行された「明治六年の改暦」
グリニッジ航海暦への改暦を唱えた「宗我彦麿建白書」
改暦の真の目的は何だったのか 大隈重信の詭弁を信じるボンクラ史家たち
改暦を大隈に命じたのは誰か 国際金融・商品市場をグレゴリオ暦圏に
日付変更にまつわる謎
終わりに