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【目次】落合秘史[Ⅰ] 明治維新の極秘計画 「堀川政略」と「ウラ天皇」

【目次】落合秘史[Ⅰ] 明治維新の極秘計画 「堀川政略」と「ウラ天皇
著者)落合莞爾
作成:2020年3月23日(月) くもり
訂正:2020年3月28日(土)
 
【本記事の目的】
●落合史観に関する調査において、調査対象の内容が書かれている書籍を探す時間の短縮。
●目次のデジタルデータ化により、検索ツールを利用した機械検索を可能にする事。
  
以下に、表題の書籍の目次を引用する。
 

落合秘史[Ⅰ] 明治維新の極秘計画 「堀川政略」と「ウラ天皇
自序
歴史の闇に秘された「堀川政略」
第Ⅰ部
「堀川政略」と堀川御所
第一章
日本の國體(こくたい)と世界王室連合の脅威
明治維新とは何だったのか 欧州王室連合「神聖同盟」と幕末の始まり
幕末の扉をこじ開けたロシア船の来寇 ロシア皇帝間宮林蔵に申し出た資金賜予
拙劣粗雑な「孝明天皇暗殺説」 南朝革命による天皇すり替え説の流布
宮崎鉄雄伝承の孝明天皇刺殺説 生きていた孝明皇女・壽萬宮(すまのみや)
維新までの堀川御所秘史 國體と開国、ウラとオモテを両立させた「堀川政略」
第二章
堀川御所の秘密造営
堀川御所は実在していた 堀川御所はいずこに
京都六条本圀寺の故事来歴 『徳川慶喜公伝』こそ真の史書である
水戸昭訓の上洛と本圀寺駐屯 昭訓の卒去と水戸昭武の応召
本圀寺はなぜ改称されたのか
第三章
水戸烈公・徳川斉昭と「堀川政略」
烈公が造営献上した堀川御所 烈公の藩政と天狗党
尊皇攘夷聖典・会沢正志斎の『新論』 烈公と孝明天皇の「海防論と攘夷意識」
慶喜が指針とした正志斎の『時務策』
第四章
堀川政略を狂わせた井伊大老の登場
ペリー来航と烈公の海防参与 烈公の攘夷主張が日本を救った
ペリー再来航と井伊直弼大老就任 日米修好通商条約孝明天皇の逆鱗
井伊大老による堀田正睦ら二老中の罷免 慶喜大老面詰と烈公らの不時登城
安政の大獄の幕開け 倒幕を狙った岩倉、疑惑の蟄居
第五章
一橋慶喜の苦闘
公武一和を体現した人 幕府終焉を予見していた慶喜
最後の将軍就任という運命の皮肉 因縁か天意か、慶喜の登城停止・隠居謹慎
「魔王」と畏れられた青蓮院宮への重罰 慶喜謹慎十九か月の謎
遅すぎた幕政刷新、文久の改革 岩倉の倒幕陰謀にまんまと嵌まった幕閣
第六章
尹宮(いんのみや)慶喜の公武一和政権
「皇運挽回の事に心を労せし」尹宮朝彦親王 八月十八日の政変と後見邸会議
暫定的公武一和政権の樹立 大政奉還と一尹政権の倒壊
なぜか厳重に隠蔽される尹宮の事績
第Ⅱ部
幕末前史
第七章
光格王朝の誕生
堀川政略の端緒は閑院宮家の創設 血の正統性の証であるシュメル血統
淀屋闕所(けっしょ)の謎と先物市場 突然廃業した淀屋による孝明天皇への献金
大江磐代と橘氏の海人系シュメル人の遺伝子
第八章
日本史最大の欺瞞「源平藤橘」とは何か
賜姓史観と族種四姓 史書史家がいたずらに盲進する家系図
海人熊野和田氏=橘氏 熊野と淡路、二つの安宅氏
小笠原=安宅氏の遠祖は熊野和田氏
第九章
國體と公武合体運動
國體観念と公武合体思想の根底にあるもの 和宮降嫁の謎と「堀川政略」
第十章
孝明天皇が実現させた大室寅之祐践祚(せんそ)
求められた「正統」、南北朝問題の急浮上 有力諸藩が準備していた「隠し玉天皇
京都皇統と東京皇統、それぞれの役割 維新に利用された「楠公崇拝」の思想
南朝復元運動と水戸・長州の同盟「成破の約」
第Ⅲ部
封印された史実
第十一章
京都学習院南朝復興思想
軍事・政治のアジト「京都学習院」の設立 倒幕陰謀と攘夷建白の場と化す
公家民主化と青蓮院宮 八十八卿列参事件の真の狙い
尹宮と矢野玄道の表裏関係 矢野玄道と枝吉神陽、皇学の伝統
幕末維新の思想ベクトル
第十二章
小栗忠順(ただまさ)が買占めた天保小判
江戸時代の貨幣事情 安政条約で定められた日米通貨条項
幕府が差益利得を求めた万延の改鋳 大老井伊の特命でなされた天保小判の買占め
堀川政略の資金となった退蔵小判 小栗の帰国と勘定奉行就任
第十三章
大政奉還に向けての策動
榎本武揚オランダ派遣の目的 薩英戦争から始まるドミノ倒し
甲鉄艦買取りと大政奉還のタイミング
ワンワールド金融連合に対抗する小栗構想 外交通・塚原昌義のアメリカ亡命
原保太郎による小栗斬殺の怪 小栗偽装斬殺と幕府隠し金の真相
原保太郎と折田彦市の口止め留学 小栗忠順アメリカに亡命していた
第十四章
維新政府に入った慶喜の手
渋沢栄一明治新政府入り 三井物産を創立した益田孝への異常な厚遇
益田孝自身による口述説明覚え書き 古金銀分析所と小栗退蔵金のつながり
生きていた小栗が創った三井物産 渋沢・益田懐柔の裏に見え隠れする「堀川基金
堀川勢力が支えていた明治在野の人材 フルベッキ写真に姿のない小栗忠順
終わりに