黒板五郎のウバイド國體ワンワールド

落合史観に関する話題を取り扱うブログ

昭和天皇が何と、欧州大塔宮の皇統、偽装崩御して欧州に戻られたとは!


昭和天皇が何と、欧州大塔宮の皇統、偽装崩御して欧州に戻られたとは!
2019年1月23日(水) 晴れ
 
そのうち、いつもの無料レポートの方でも販売の案内が出ると思うが、「落合流洞察帝王学指南」「初伝その二」が、昨日、一般販売に先行してインペリアル・アイズ会員に先行販売された。本講義10本、補講8本の合計約7時間の収録映像である。
 
昨夜、最初の2本を早速視聴したのだが、驚きの真実を知ってしまった。昭和天皇に関する新しい真実である。
 
以前のインペリアル・アイズ定例オンライン講座のQ&Aコーナーにおいて、昭和天皇が、表向きは崩御されたとされる1989年1月7日以降も数年はご存命であったという真実を、落合莞爾先生から伺っていたのだが、昨日視聴した本講義の中で、更なる驚きの真実を教えられた。それは、
 
昭和天皇(諱(いみな)は裕仁(ひろひと))は、大正天皇(諱は嘉人(よしひと))の実子では無かった
 
昭和天皇は、光格天皇(119代)、仁孝天皇(120代)、孝明天皇(121代)と同じく、欧州大塔宮の系統の方であり、偽装崩御(1989/1/7)の後に、欧州に渡られた
 
光格天皇孝明天皇の3代の天皇が、欧州大塔宮の系統である事は以前から知っており、仁孝天皇孝明天皇は偽装崩御の後に欧州に里帰りされた事も聞いて知っていたのだが、まさか昭和天皇(124代)までもが欧州大塔宮の系統で、偽装崩御後に欧州に里帰りされたとは思いもよらなかった。
 
昭和天皇は、若い頃から、病弱な(と表向きされていた)大正天皇の摂政をされていた事は知っていたが、もしかしたら、そんな単純な流れではなく、一旦、明治天皇(122代、大室寅之祐)〜大正天皇(123代)の2代の間で切り替わった系統を、再び欧州大塔宮の系統に戻すという計画があったのかもしれない。これは全く根拠のない私の想像であるが。
 
因みに、天皇の系統は、先日アップした以下の天皇系図(私の作成物)にも書いてあるが、初代の神武天皇以来、何度か切り替わっている。
 
 天皇の系図
 
切り替わってはいるものの、南北朝時代後醍醐天皇ほかが作り出した大塔政略(1333年近辺)の中で決められた皇位継承ルールに従い、後花園天皇(102代、1428年〜)以降は、後醍醐天皇(96代)の皇子である大塔宮護良(もりなが)親王の直系男系の子孫のみが、今上天皇に至るまで例外なく皇位を継承している。
欧州大塔宮は、護良親王が偽装死して奈良・西大寺に入って以降に生まれた子・孫たち(偽装死以降の誕生だから、当然、皇統譜には記載無し)が欧州に渡って創った皇統だし、本物の睦仁親王孝明天皇の皇子)と入れ替わって表向きの睦仁親王となり即位して明治天皇となった大室寅之祐も、護良親王周防国に派遣した第一皇子の興良(おきなが、おきよし)親王の直系男系子孫であるから、護良親王の直系男系子孫である。